水上
の夢
語り




※神話を元にしていますが、好きなように書いておりますので
実際の神話とは別物としてお読みください。



 02


 それからいくらかの月日が経ち、幼かった二人は大人になった。ヤマは若干細めではあったが背は伸びて肩幅も広くなり、昔は同じ体格であったのにヤミーをすっぽり包みこめそうなほどまで成長した。しかし、特に変化が目立ったのは妹のヤミーの方だった。彼女はしなやかで華奢な肢体を持ち、艶やかな長い黒髪が白磁のような肌によく映える美しい娘へと変わったのだった。
 このように体つきは変わったものの、二人の仲の良さは昔からずっと同じで相変わらず幸せに暮らしていた。
「兄様は髪を伸ばさないの?」
 ある日、ヤミーはヤマの肩に届かない程度に適当に切り揃えられた髪を手にとって尋ねた。
「伸ばさないよ。邪魔だもの」
「そんなこと言わないでたまにはどうかしら? 私、兄様の黒髪がとっても好きなのよ」
「きみだって同じ黒髪のくせに」
 ヤマはそう言ってくすりと笑う。
「今日はとってもいい天気だし、散歩にでも行かないか」
 もちろん、とヤミーは満面の笑みで頷いた。
 せっかくだからお昼ご飯も持って、少し離れたところにある大河まで行こう。河のほとりの木陰で食べればきっといつもよりずっとおいしい昼食だ。穏やかな日差しの中で透明な木漏れ日をくぐり抜け、やわらかい風に髪をなびかせる。
「兄様遅いわ、もっと早く歩いてよ」
「そんなに急がなくったって何も逃げたりしないよ」
「もう、のんびり屋なんだから」
 ヤミーは早く行きたそうにしていたが、文句を言いつつも結局兄の速度に合わせて隣を歩いていた。
 太陽を浴びて眩しく輝く林の中を進んできたが、木々が途切れた向こう側の地平線にきらきら光る帯が見えた。林を抜けた先には、大きな川が立ち塞がっていた。
 透き通った清涼な水は光の粒を一生懸命反射して、まるで水底に宝石が散らばっているみたいだった。水面には木の葉の影と、行ったことのないどこか遠くの景色が逆さまに映って揺れている。水の中に別の国が広がっているみたいだ。しかし見惚れる美しさに反して水流は意外と早く、底も見えない。一度引き込まれたら二度と戻ってこられないのではないかという不安を感じさせる冷たさを持ち合わせていた。
 二人が河のほとりの木陰に腰を下ろすと、木立はざわざわと風に木の葉を揺らして歓迎する。森も、大地も、水も、世界がきらきらと輝いていた。
「ヤミー、手を出して」
 ヤミーは不思議そうな顔をしたが、兄の言うとおりに手を差し出す。ヤマはにこっと微笑むと、その手のひらに何かを置いた。
「これ……髪飾り?」
 手渡されたものは銀の髪飾りだった。色つきの硝子がはめてあって、光を透して影に色をつける。ちょこんと結んである、深みのある赤色に染められた布が良いアクセントになっている。
「誕生日おめでとう、おれからのプレゼントだよ。これからもよろしくね」
 ヤマは嬉しそうにそう言った。当のヤミーはというと誕生日だということをすっかり忘れていたようで、突然のことに声も出ず目を丸くして瞬きしていた。少しの沈黙の後、しかし不満そうな表情で兄の顔を見る。
「嬉しい、けど、こんなのって不公平!」
 そう言うや否や、すっくと立ち上がって林の中へと駆け出していった。ヤマも驚いて目を白黒させ、後を追うべきかやめた方がいいのか悩んでいると、間もなく彼女は息を切らせて戻ってきた。彼女は後ろ手に何か隠してヤマに向き合うと、何か言うのと同時にその手に握られたものを彼に押しつけた。
「兄様も、誕生日おめでとう! これ、こんなものだけどプレゼントだから」
 彼女が手に持っていたのは、小さな花束だった。たった今大急ぎで摘んできたのだろう。赤、白、青、黄、と色とりどりの花たちが彼の視界を鮮やかに埋め尽くした。
「急にこんなに素敵なものをくれるなんてずるいわ。こんなに突然じゃ、見合うくらいものをお返しできないじゃない。今日は兄様の誕生日でもあるのに。私は素敵な髪飾りをもらったのに、兄様がもらうのはちっぽけな花束なんかで」
 不公平、と彼女は憤慨した。始めは面食らって何も言えないでいたヤマだったが、妹の言い分を聞いているうちにだんだんと笑顔が戻ってきた。
「ちっぽけなんかじゃないよ。おれはこんなに綺麗な花束を貰えて嬉しいな」
 でも、とヤミーは納得していない顔でおずおずと兄を見上げる。ヤマは唇を尖らせる彼女に仕方のない子だな、と眉を下げて笑った。
「一番大切なのは気持ちだもの。十分伝わったよ、ありがとう」
 そう言って頭を撫でてやると、彼女は少しだけ不満げな色を残しながらもつられて微笑んだのだった。
 そういえば、と彼女はもらった髪飾りを身につける。
「似合う?」
「うん、よく似合ってるよ」
 ヤミーがひょいと水面を覗き込むと、髪飾りをつけた少女がこちらを見返す。黒髪に銀がよく映え、赤い色が大人っぽさを引き立てている。
「ありがとう、兄様」
 彼女は少しだけ頬を染めて、嬉しそうに満面の笑みを浮かべた。
 幸せそうな二人を映す水面は穏やかに澄んでいる。嵐の前の静けさだった。水鏡はいずれ落とされた雫に波立ち、濁り、何も映さなくなっていくことを、まだ誰も知らない。
 


12/06/18